小説 昼下がり 第五話 『晩秋の夕暮れ。其の二』



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      (二十四)
 「ただいま! 招かざる客が来たよ」
開口一番、元気な透の声。
 「あら、透、どうしたの? あんたを招
いていないわよ。
 私はね、『招かざる客』とは云ってない
わ。『招かれざる客』と云ったのよ。
 語句が違っているわ。それで、何であん
たがここに居るの?」
 秋子はニヤリと笑った。
 「いや、それはあのね、啓一が来い、っ
て云うもんだからー」
透は秋子の言葉にしどろもどろ。この場
を切り抜ける妙案が浮かばなかった。
 「お母さん! 私たちのことを知ってい
るくせにー。透ちゃん、いいのよ。お母さ
んね、あなたには口悪いけど、その裏返し
は、あなたのことが好きなのよ」
 妙子の切り返しに、啓一はホッとした感
情を覚えた。
 「まあ、上がってー。透も皆さんを知っ
てるわね」
 秋子の顔がほんのり赤くなっていた。啓
一らを待つ間、少し飲んだらしい。
 教授もロバートも君ちゃんも、待ち草臥
(くたび)れた様子もなく、表情穏やかに透
を受け入れた。

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 すき焼きの香ばしい匂いが部屋中に充満
している。全員で一堂に会し、食事をする
のは、およそ半年振り。
 下宿屋を経営するにあたり、個々の私生
活の自由を侵さないのは秋子の信条。
 教授、ロバート、君ちゃんにおいても人
を導く立場。その普遍の摂理は理解してい
る。もちろん啓一においてもー。
 秋子もソウルでの臨時講師の時代は、戦
時という世相の背景もあり、彼女の抱く、
「自由」の概念は、濁流に浮かぶ木の葉の
ようなものだと痛感させられた記憶がある。
 各々(おのおの)が独立した「個」の家族
体系を成し、その中心に存在する秋子の自
然体が、信頼と調和を保っている。
 その力量に啓一は感嘆の意を抱いている。
      (二十五)
 一升瓶二本、ウィスキー一本、ビール一
ダースがテーブルの周りを囲む。
 「啓一君、透君。今日は無礼講。さあ、
飲もう、飲もう!
 研究費を少し、ちょろまかして酒を買っ
てきたから遠慮なく。明日は休みだしー。
お気に召すかな?
 戦場でもよくちょろまかしたね。むろん
上官の命令だったがね。その上官が秋ちゃ
んの御父上だったー」

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 啓一と透は、キョトンとした表情を浮か
べた。聞いてはならないことを聞いたよう
な錯覚に陥った。
 「ハハハハ、心配ないよ。その内、また
ゆっくり話すよ。秋ちゃんと僕の関係を」
 啓一と透を待っている間、飲んだのか、
教授の眼の周りも赤くなっていた。
 「啓ちゃん、透、緊張しないで。教授と
は清い関係よ、フフフフ」
 秋子はよほど啓一と透の表情が面白かっ
たのか、教授につられて笑いだした。
 傍らでじっと聞いていた妙子もロバート
も君ちゃんも肩を震わせて笑った。
 「何だい! 俺達だけが知らなかったの
かい。どんな関係かは解らないがー。
 なあ、啓一! 俺は今晩が二度目だから
知らなくて当然だが」
 透はそれでもなお、より深く知りたい衝
動に駆られた。
 啓一はただ黙って頷(うなず)いているだ
けだった。
(二十六)
 酒盛りが始まった。すき焼きを頬張りな
がら、秋子と教授と君ちゃんは一升瓶を目
の前に置き、コップ酒。
 啓一と透とロバートはスコッチウィスキ
ーをロックでグイグイ。

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